本記事は”急性前骨髄球性白血病”の歴史に関しての記事です。
以前“「白血病」「がん」基本編“と題して記事を一つ書かせて頂きました。「がん」の基本的な知識をお伝えし、さらに別に血液のがんである「白血病」についても簡単にご説明しました。もしまだ読んでいないという方はぜひそちらも読んでみてください。
今回の記事は応用編で、より踏み込んだ内容になっています。
今回この記事を書いたのは、「医学の進歩」という人類の素晴らしい歴史をぜひ知って欲しいからです。今回お伝えするのは白血病という病気の中でも、ある1つの病気のことです。私は医師になる前、原爆やチェルノブイリ原発事故後の後遺症として白血病を発症した方の本を色々と読んでいました。白血病のイメージは放射能の恐ろしいイメージとリンクし、そして発症した方は必ず亡くなるというイメージをもっていました。みなさんの中にも、もしかしたらそういうイメージを持っている方がいるのではないでしょうか。
こういった白血病に対する誤解を解き、先人が築いてくれた白血病に対する治療の歴史をお伝えできればと思い、この記事を書きました。医師を志す方にも特に読んでほしい内容です。ぜひ最後まで読んで下さるとうれしいです。
不治の病とその後の誤解
白血病の基本
前回「白血病は内科医の中でも理解があまり進んでいない病気」というようにお伝えしました。これにはある2つの白血病の、とても”悪いイメージ“があるためです。
そもそも白血病とは何かというと、血液のがんです。さらに細かくいうと、血液の中でも細菌やウイルスと戦う白血球ががん化したものです。このあたりについては、もし前回の記事をまだ読んでいない方がいれば、こちらを参考にして下さい。
さて、白血球というのはその役割毎にさらに細かく分類されます。ここではおおざっぱに”骨髄系”と”リンパ系”の2種類に分かれると思っていてください。この2種類の白血球ががん化をすると、”骨髄性白血病”、ないしは”リンパ性白血病”と呼ばれます。白血病に限らず、病気の中には比較的進行の早い”急性”のタイプと、”慢性”の2種類があります。白血病では、”急性骨髄性白血病”・”慢性骨髄性白血病”・”急性リンパ性白血病”・”慢性リンパ性白血病”と大別されています。このあたりの、白血病の基本ということは、別の記事でまとめていますので、ぜひこちらも参考にして下さい。
悪いイメージがあるとお伝えしたのは、”急性骨髄性白血病”の中でもさらに細かく分類された”急性前骨髄球性白血病”と”慢性骨髄性白血病”です。今回は、この”急性前骨髄球性白血病”の治療の歴史について説明をしていきたいと思います。なお、急性前骨髄球性白血病はその他の急性骨髄性白血病とは全く異なる病態で、治療法も異なっていますので、これから説明する内容には合致しませんのでご了承ください。
急性前骨髄球性白血病について
発見当初は・・・
この病気は1957年に初めて報告されました。そこでは、「播種性血管内凝固症候群(全身の細い血管に血栓が詰まり、出血をしやすくなった状態)を合併し、診断から約一週間後には死亡する、白血病の中でも予後の悪い病気」というように報告をされていました。
診断から一週間で死亡するという事実も恐ろしいですが、この出血しやすい状態というのも問題でした。「出血をしやすい」というのは怪我をした時に血が出やすくなる、というどころの話ではありません。特に怪我などの物理的な刺激がなくても、突然、脳や胃腸などで出血をし、そしてそれが止まらないということがある程、恐ろしい状態なのです。
体の外での出血であれば、最悪ずっと押さえ続けつつ、止血の治療を行えばよいですが、体の中の出血というのは、この播種性血管内凝固症候群の時に合併すると止めようがありません。出続ける血を止めることができなければ、数時間以内に亡くなるということも十分あり得ます。
今新型コロナウイルスに罹患し、亡くなられた方が最期の時をご家族と一緒に過ごせないということが問題になっています。同じようにこの病気で亡くなられる時には、ベッドや部屋中が血まみれということも珍しい話ではなかったようです。そのため亡くなられてしばらくは、医療者がご遺体やお部屋をきれいにしてからようやく会うことが出来る、という状態でした。
治療の転機
さて、それから四半世紀が経過した頃には、この播種性血管内凝固症候群をうまく扱いつつ、強力な抗がん剤治療で何とか治療をしていくことのできる程になっていました。しかしながら、初期治療の時に亡くなられる方も後を絶えませんでした。そんなころ、1988年に中国の上海のグループで、あるビタミン剤が劇的に効くという報告がされました。
みなさん、ここまでの話を聞いて
がんにビタミン剤が効くなんて、それもそんなに恐ろしい白血病に効くなんて信じられない!
と思われた方の方が多いのではないでしょうか。
これは当時の血液内科医(白血病などの血液疾患を専門とする医師)も同じ意見でした。特にこの白血病を現場でたくさん見ている医師程信じられないといった感じだったようです。
話はそれますが、日常生活でこの感覚は正しいと思います。怪しい薬などに騙されない、怪しい治療や健康法を見抜くポイントについても、別途以前ご説明をさせて頂きました。
さて、このビタミン剤が果たしてどうなったか・・・
その後国内・国外でも臨床試験が行われ、なんと、そのとてつもない有効性が証明されました。
現在では標準的な治療法となっており、この治療薬なしにはこの白血病の治療は考えられないほど重要な薬となりました。
“ビタミン剤”が効く理由
さて、この恐ろしい白血病に対して、なぜ特定のビタミン剤がそこまで効果があったのか、簡単に説明をしていきます。
白血病はそもそも骨髄の中で、血液の赤ちゃん細胞(幹細胞)から成長(分化)していく過程で、がん化した状態という話を別の記事でお伝えしました。
急性前骨髄球性白血病は、前骨髄球という成長過程の赤ちゃん細胞ががん化した状態です。ここにこのビタミン剤(正確にはATRA(All-trans retinoic acid)と呼ばれるビタミンAの誘導体)を加えると、分化が促進されます。つまり、成長が前骨髄球で止まってどんどん増えてきている状態から、次の成長状態にしてやることで、悪さをしている細胞をどんどんなくしていくということです。驚くことは通常の治療と違って、直接がん細胞・白血病細胞をやっつけるというものではないということです。
現在、そして今後
その後もこの病気の治療法はさらに開発され続け、従来のように点滴での抗がん剤を使わずに、内服薬のコントロールだけで、なるべく外来での治療をメインにしようというような試みが開始されていくに至っています。
発症直後はそれでも重症化・死亡するリスクは高いですが、いったん病気の勢いが落ち着くと、あとは比較的落ち着いた経過をたどることもわかってきており、当初の「約一週間以内には確実に死亡する」という病気から、外来治療をメインに据えることのできる病気にまで変わってきました。
さいごに
今回は白血病の中でも、急性前骨髄球性白血病というものの治療の歴史について説明させて頂きました。
いかがだったでしょうか。医学は加速度的に進歩をしています。私たち医師は、日々成長をし続ける医学を学びつつ、医学のさらなる進歩に貢献できるように基礎研究(細胞や実験動物ベースの研究)や臨床研究(患者さんベースの研究)をしています。もし、将来医師を目指したいと思っている学生の方が読まれていたら、ぜひこういう歴史と、そして今も奮闘し続ける医師の姿をお伝えしたいなと思っています。
今回の記事が少しでも皆様のヘルスリテラシー向上にお役に立たれれば嬉しいです。
参考文献:臨床血液58(2017): 8
画像元:Arek SochaによるPixabayからの画像
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