「危険な痛み」とは?

健康と病気について

救急外来当直をしていて、こんな経験があります。

畑仕事をしていたら急に左胸が痛くなりました。確か10:30だったと思います(今から3時間前)。今まで経験したこともない痛みです。病院に行ってもいいでしょうか?」


私の回答はこうでした。

心筋梗塞などの命に関わる疾患の可能性が高いです。一分一秒を争うので、すぐに救急車を呼んで、心臓の治療のできる病院に行ってください。

しかし、その電話から1時間後、患者さんは自家用車で私の勤めている病院に来られました。お話を伺うと、救急車の呼び方が分からなかったので、少し家で様子を見ていた。しかしよくならなかったので、通い慣れているこちらの病院に来た、ということでした。

検査の結果、心筋梗塞がさらに強く疑われました。残念ながら私の病院では心筋梗塞に対する治療を行える設備も人材もなく、すぐに救急車を手配し、近隣の病院に転院搬送を行いました。転院先の医師によって再度検査がなされ、心筋梗塞で確定診断となり、すぐに心臓カテーテル検査・治療を開始されました。

当時の私としてはしっかり伝えたつもりでいましたが、もっと強く危険性をお伝えし、具体的にどう行動をするか説明をするべきだったと反省をしています。意外に思われるかもしれませんが、気が動転すると救急車をどうやって呼ぶか、「電話で119」をかけるという基本的な事が分からなくなることは珍しいことではありません。幸いその方の命は取り留め、今は元気に私の外来を通院されていますが、対応がこれ以上遅れていたらどうなっていたかはわかりません。
※実際の患者さんの情報とは、個人が特定できないようにかなり脚色を加えています。


前置きが少し長くなりましたが、今回は「痛み」について説明をしていきたいと思います。今回は数ある痛みの中でも、「緊急性のある危険な痛み」について説明をしていきたいと思います。最初にお示ししたケースのようなことが今後起こらないように、なるべく分かりやすくお伝えしたいと考えています。

私たちは痛みを全く感じずに生活をしていくことはできません。みなさんが痛みで困ったときに参考になれば嬉しいです。ぜひ最後まで読んでください。

痛みの大別

痛みと一言で言っても、色々な痛みがありますよね。こけて膝を擦りむいた痛み、関節リウマチをお持ちの方の関節痛、心筋梗塞のために起こった突然の胸の痛みなど、痛みの程度も性状も場所も時間経過も全く異なっています。
私たち医師は研修医時代に、「こういう痛みは危険な痛み」「こういう痛みは危険ではない痛み」、ということを叩き込まれます。痛みというのは、結果から大きく分けるとこの二種類です。すぐに病院に行くべき痛みというのは、命に関わる痛みのことです。危険ではない痛みというのは、実はさらに二つに分けられます。一つ目は自然によくなっていく痛み、もう一つはよくなっていかない・今すぐに命に関わることはないけれども治療が必要な痛みです。
ここまでまとめます。

  • 危険な痛み    → 1. すぐに病院に行くべき、命に関わる痛み
  • 危険ではない痛み → 2. 今すぐ命には関わらないが、自然に良くならず、治療が必要な痛み
             → 3. 自然に良くなっていく痛み

最初に挙げた例で言うと、”1. すぐに病院に行くべき、命に関わる痛み”は、「心筋梗塞のために起こった突然の胸の痛み」ですね。前置きの部分でも書きましたが、心筋梗塞は治療に一分一秒を争う病気です。
次に”2. 今すぐ命には関わらないが、自然に良くならず、治療が必要な痛み”は、「関節リウマチをお持ちの方の関節痛」ですね。関節リウマチは免疫抑制剤などの特殊な治療を継続していく必要のある病気です。
そして”3. 自然に良くなっていく痛み”は、「こけて膝を擦りむいた痛み」ですね。風邪をひいた時ののどの痛みなども自然によくなっていきます。これらについては病院に来てもいいですが、来なくても自然によくなっていくものですので、時間や金銭的な面、ここ最近では新型コロナウイルスへの感染予防という点も含めて、病院に来ないことをお勧めします。とはいえ、この判断も迷うことがありますよね。

この前編では”1. すぐに病院に行くべき、命に関わる痛み”について説明をします。”2. 今すぐ命には関わらないが、自然に良くならず、治療が必要な痛み”と”3. 自然に良くなっていく痛み”については、後編でお話をしたいと思います。

すぐに病院に行くべき、命に関わる痛み

特徴をまずはお伝えします。

  1. 今までに経験したことのない、強い痛み
  2. 突然起こった痛み
  3. どんどん強くなっていく痛み

順番に説明をしていきます。

今までに経験したことのない、強い痛み

早速ですが、強い痛みというのは危険なサインです。何を当たり前なことをと思われるかもしれませんが、ここでさらに強調したいのは「今までに経験したことのない痛みは危険」ということです。

今まで経験したことのある痛みについては、私たちはなんとなくそれが危険なものかそうでもない痛みか直感的に分かることが多いです。しかし、経験したことのない強い程度の痛みというのは体からの危険信号であることは知っておくべきです。今まで経験したことのない、例えばバットで殴られたような頭痛がした、これはくも膜下出血で特徴的な症状ですね。すぐに病院にいかないと命のつながる恐れがあります。

子供が転んでひざを擦りむいているところに、「そんなの全然痛くない!泣くな!」と言っている親御さんを見ます。これは自分の経験から「転んでひざを擦りむいたくらいは大した痛みではない」と思われているからだと思いますが、注意して頂きたいのは、この法則が当てはまるのはご本人だけです。
痛みというのは、実は他の人と比べてどうかを評価することは今の医学ではできません。出産の痛みは「100 pain」で、こけて膝を擦りむいた痛みは「0.1 pain」などと、決まっていません。痛みに限らず、あらゆることに関して人は人それぞれの感じ方がありますよね。
大事なのは、自分にとってどうか、ということです。自分にとってこの痛みは今までの人生で一番痛い痛みだとか、経験したことのないタイプの痛みだということは、体からの危険信号であることをしっかり知っておきましょう。

突然起こった痛み

次に突然起こった痛みについてです。

突然起こった痛みは、先ほどのくも膜下出血のように血管に由来することの多い痛みです。たとえばおなかが痛くて腸炎になっていたというのはじわじわと、細菌やウイルスが腸の粘膜を傷つけ、それに対して免疫細胞が行って対応している過程で徐々に痛みが出現していきます。ところが、血管が①裂けた/破れた ②詰まった ③ねじれた ④というのは突然来ます。最後のねじれたは血管もですが、精巣や卵巣・腸管なども含まれます。いずれにしてもこれらは起こった箇所によっては非常に重篤で緊急性を要することになります。脳卒中・心筋梗塞、大動脈解離など、みなさんも聞かれたことのある怖い・緊急性の高い病気たちはこれらに該当します。

今回の方も「10:30に痛くなった」というように、何時何分が具体的に言えるというところは”突然起こった痛み”です。

どんどん強くなっていく痛み

さて、どんどん強くなっていく痛み、これも危険な痛みの一つです。

その痛みが強くなっていくスパンが短ければ短いほど怖い病気の可能性が高いです。次回解説を予定していますが、例えば2か月3か月たって徐々に強くなっていく痛み、関節リウマチなどの慢性的な疾患は、治療の必要性はもちろんありますが、緊急性はない場合の方が多いです。深夜の救急外来にあえて行く必要はなく、しっかり検査のできる日中の外来に行った方がメリットが多いと思います。こちらについては、また説明します。

月単位のように長い時間経過ではなく、分単位・時間単位でどんどんと悪くなっていく痛みは危険な場合が多いです。これは病気が分単位・時間単位でどんどん進行しているということとイコールなことが多いです。例えば大動脈解離。大動脈という全身に血液を送る血管が割けていく病気です。血管がどんどん割けていくと、痛みの範囲や程度が広がっていきます。

その他・補足

その他

痛みに、さらに別の症状を伴っている場合も、病院受診を急いだほうがいい場合があります。
これについては言い出すときりがありませんが、

・手足の動きが左右のどちらかだけおかしい
・感覚がおかしい
・視界が悪くなった
・ずっと吐き続けている
・意識がなくなってきた

などはおかしいと思っていただいた方がいいです。
ここでは、普段経験したことのない症状というのがポイントです。普段頭が痛いことはよくあるけれども、ずっと吐き続けているとか、視界が悪くなったなど、危険なサインの可能性があります。

補足

どんどん強くなっていく痛みは危険だという話をしました。しかし、これには少し分かりにくい病気も含まれます。
それは胃や腸の痛みの場合です。
胃や腸の痛みは、緊急性のある病気であってもいったんよくなることがあります。これは胃や腸の痛みの特徴です。しかし、いったんよくなってもまた時間がたてば痛くなるということで、病気自体がよくなっているわけではないのだと気づくと思います。もしいったんよくなるということはおいておいて、ピーク時の痛みがひどくなっていたり、痛みがくる間隔がどんどん増している場合には危険な可能性があると考えた方がいいと思われます。
痛みで動けなくなるという前に受診をしましょう。

まとめ

①今までに経験したことのない、強い痛み

自分の体が一番自分の痛みがどうなのかわかっています。
経験したことのない強い痛みは危険な痛みと考えてください。

②突然起こった痛み

特に血管に関連した痛みはこの痛みを伴うことが多いです。大事な臓器で血管が割けたり詰まったりすると、すぐに命につながる可能性があります。

③どんどん強くなっていく痛み

痛みが強くなっていくスパンが分単位・時間単位の場合は、同じ速度で病気が進んでいる可能性があります。進行が速い場合は注意が必要です。

④その他

痛みの他に、普段経験したことのない症状を伴っている場合も危険です。


いかがだったでしょうか。

これらの痛みがあれば絶対に危険であるとか、これらの痛みがなければ絶対に安全だとかそういう断定ではありません。人の体に絶対ということはありません。ただし、今回の話は痛みを大まかに理解するうえでの基本原則であると思います。

自分や家族の健康を守るためには知っておいた方がいい知識だと思いますので、ぜひ知っておいて頂ければと思います。もし分かりにくいことやこういう場合はどうなの?ということがあればコメントを頂けると幸いです。

私たちは痛みなく生きていくことはできません。
痛み自体は嫌なものですが、時に痛みは私たちの命を救ってくれることがあります。逆に、痛みをうまく表現できない高齢者や子供で、重大な病気の早期発見が難しいことがあります。
今回の記事を通じて、「痛み」の基本的な知識を知って頂けたかと思います。ぜひ、自分と自分の大切な家族を守るために、これからも健康や病気の知識を身に着けて、健康で幸せなライフプランを実現しましょう!

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。


※当サイトでは病気や健康に関する基本的な知識・考え方をお伝えしておりますが、一人一人の健康・病気に合致した正しい情報でない場合もあります。注意事項についてはこちらを参照ください。健康状態にご不安がある場合などは、信頼のできる医療機関を受診ください。

参考文献:ジェネラリストのための内科診断リファレンス 医学書院 など

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